東京高等裁判所 昭和25年(う)5177号 判決
刑事訴訟法第二百七十一条に「裁判所は公訴の提起があつたときは、遅滞なく起訴状の謄本を被告人に送達しなければならない。公訴の提起があつた日から二箇月以内に起訴状の謄本が送達されないときは公訴の提起はさかのぼつてその効力を失う」。と明定していることは所論のとおりである。記録を調べてみるに原審第十四回公判調書の記載及び記録添付の起訴状と題する書面(記録第二一〇丁以下)の存在並びにその記録をそう合するときは、原審第十四回公判廷において主任弁護人が起訴状謄本の送達が有効にされていない旨を述べたこと及び本件につき被告人に送達された起訴状謄本には謄本としての認証がなく従つて完全なる起訴状謄本といい得ないことも亦所論のとおりであるが、今記録添付の被告人に送達されたと称する起訴状と題する書面と本件起訴状の原本とを対比するに、その記載内容は全く同一であつて、ただ謄本としての認証がない点のみにおいて、完全なる起訴状謄本といい得ないものであることが認められるのである。而して刑事訴訟法が被告人に対する起訴状の謄本送達を定めた趣旨は、当該事件の公判開廷前に予め被告人に対して、何時何処の裁判所に如何なる犯罪事実につき起訴されたかを明らかならしめもつて被告人のこれに対する攻撃防禦の準備の機会を与えることにあるものと解されるので、送達された起訴状謄本が右の趣旨を達成し得ない程度に不完全であれば、適法な起訴状謄本の送達がなかつたものとしなければならないが、本件被告人に送達された起訴状謄本は前示の如く謄本としての認証がない点において形式的には完全なる起訴状謄本とはいい得ないけれども、その記載内容は起訴状原本と全く同一であつて前記のような起訴状謄本送達の趣旨は十分にこれを達成することができるものと認められる上に記録によつて原審における訴訟進行の経過をたどつてみても被告人並びに弁護人は第一回から第十三回の公判期日までは、この点について何らの異議をも述べることなく手続を進行し最後に第十四回公判において、証拠調を終る直前に至つて始めて主任弁護人がこの点を指摘したに過ぎないような状態であつて被告人の攻撃防禦の準備についてはこれがため何等の支障もなかつたことが窺われるのであるから、本件において起訴状謄本の送達がなかつたとする所論は余りに形式にとらわれた見解であつて到底採用の限りでない。なお所論は原判決がこの点について何らの判断を与えることなく、有罪の言渡をしたのは違法であると主張するが、右のような起訴状謄本の送達がなかつたとの主張は刑事訴訟法第三百三十五条第二項所定の事実の主張に該当しないことが明らかであるから必ずしもこれに対する判断を判決に示すことを要しないものというべく従つて原判決がこの点についての判断を判決に示さずして有罪の言渡をしたからといつて原判決には所論のような違法はなく、論旨は理由がない。